
「一番遠くにいる一番近い親友へ」
私に宛てた手紙の文末にあった、高校時代からの友人、原清美君からの言葉です。
間違いなくこの言葉が私のキッカケであり、原点だと思います。
中学では水泳部だったのですが、全く人気がありませんでした。
抜群にモテていたのがバスケット部だったので、高校では迷わず入部したのです。
この安易な選択が、大きく人生を左右することになります。
体育教官の間でも「鬼」と呼ばれた顧問で、当時国体の現役キャプテンですから、筋金入り。
私たちは県立の寄せ集めチームですし、未経験も多く、素質が高いわけじゃなかった。
強くするには基礎体力最優先で、とにかく体育館の外で走ってばっかり。
しまいには、陸上部に「エンドレスリレー部」と呼ばれるほどでした。
互いに鼓舞しないと挫けてしまうので、もう本気で仲間を思いやるんです。
だから、一番強くなったのは、チームの連帯感。
私は、中学高校を過ごした千葉から、進路を故郷の関西に選びました。
冒頭の手紙は、初めて私の下宿先へ届いた手紙です。
それまではお互いそばにいるのが当たり前で、友達とか親友とか意識していませんでした。
原君は不精なほうだと思っていたので、手紙をくれたことにも驚いたし、
彼は、嫉妬するほど誰からも愛される人で、私は友人であることを誇りにしていたくらいでした。
そんな彼から伝えられた「親友」という言葉。
初めて、人として認められたって自覚したのです。
1人の人間として、「自信」につながったのです。
私は大学でも、このエピソードや、友達の大切さを伝え続けました。
そして1人、また1人、私の青臭い友情論に少なからず影響を受けて、共感する友人が集まってきました。そういえば、入社試験の面接で必ず言っていたこと。
「10人の恋人より、1人の親友を作るほうが難しいと言いますが、私には10人の親友がいます。」
「それが私の誇りであり、自慢です、」と。(かなり胸張って)
東京、大阪、神戸、明石、愛媛の小さな島、広島、沖縄、そしてグアムにも、親友がいます。
彼らには今も変わらず、たくさんの刺激をもらっています。(ありがとね)
※10人の・・・難しいは、当時好きだった漫画「火の玉ボーイ」で主人公の玉ちゃんに親友キイが言うセリフ、偉人の名言かと、最近ネットで検索するも、それらしき情報はありませんでした。頭の片隅にいつもあるのです。
西川は親友だ、俺の誇りだって言ってほめてもらえるように、頑張ることが。
自分らしさより、彼らにとって西川はどういてほしいのか、どうなってほしいのか。
これが私の価値観になっているのだと思います。(それほどの影響力)もうひとつ、このサイトが生まれた “キッカケ”にも触れておきます。
会社を辞めて看板が無くなる、これは想像以上に苦しいことでした。
自分に言い訳ばかり、毎日だらだらと過ごしていたのです。(あの頃は、ホントにかっこ悪かった)
こんな時に、行動や言葉で私を支えてくれた人たちがいました。
そのひとつひとつが、どれほど心に響き、前に進む力(勇気)になったか計り知れません。
そして感じたのです。
この人たちの、ひたむきな思いや生き方はなんと素晴らしいことか・・・
そして気づいたのです。
これほど身近に、こんなにもすごい人たちがいたのか・・・
でも、待てよ、
こんなにすごいのに、この人たちは自分の魅力や可能性を自覚していない。
そうだ、この人たちのすごいところを人に伝えれば、
きっとたくさんの人の力になれるはず。
そして、この人たちの魅力を上手く引き出せれば、
自分の可能性に気づくお手伝いも出来る。
でも、自分に何が出来る? 具体的にどうすればいいだろう? 何から始めよう?
それに、こういう人たちって前に出たがらないのです。
考えをまとめるまで3年もかかってしまいました。
さらに1年かけて、コツコツと準備を進めてきました。
ようやく、人が人に大切なものを伝えていく場所が出来たのです。
それが、「キッカケnet」です。
今を一生懸命生きていて、とっても魅力的な人たち、
私が大好きな人たちにも集まってもらいました。
それがオフィシャルメンバーです。
思い返すと、人から教えてもらった大切なことがたくさんあり、
そのどれもが、私の新しい1歩を踏み出す「キッカケ」になった気がします。
ここでは書ききれないので、ブログや、レッスンなどを通してお伝えしていくことにします。
どうぞ、お気軽に立ち寄ってみてください。
今度は、私があなたのキッカケを作る番です。
得意分野企業研修講師:リーダーシップ、能力開発、営業力強化、サービスマインドなど
人の可能性を引き出すプロデュース